出来ることなら、なかったことにしたい。
そんな苦い経験や失態が、誰にでもひとつやふたつはあると思う。
そこで紹介したい曲が、
曲調は長閑で穏やかなフォーク・ソング。
ステフィン・メリットの腹に響く歌声も、じつに優雅だ。
ここで耳を傾けてほしいのが、そのテナー・ヴァイスから発せられるユニークな歌詞。
歌い出しはこんな感じだ。
"Of the men with whom I've tarried
You were far away the worst
We were drunk when we were married"
(私が今まで一緒に過ごした人の中で
あなたは一番最悪
結婚した時、私たちは酔っ払ってた)
察するに、主体となっている人物は女性だろうか。
彼女は結婚をひどく悔やんでいるようで、泥酔していた結婚式の記憶を手繰りながら、
こう続けていく。
"Was there vodka in the blinis?
Was it cognac in my borscht?"
(ブリヌイにウォッカが入っていた?
それともボルシチにコニャックが?)
そこまで飲んだ覚えがない彼女は、どうやら式の料理に酒が仕込まれていたんじゃないかと疑っているようだ。
そして、結婚した相手にこう持ちかける。
"Let's get drunk again and get divorced"
(もう一度酔っぱらって離婚しよう)
ボーカルのステフィン・メリットの
渋い歌声に魅了されるに違いない
さて、ここで気になってくるのが、式の食事である。
どうやら二人の結婚式では、主に東欧料理が振る舞われていたようだ。
『ボルシチ』は、日本でもよく知られている料理。
テーブルビートという野菜をもとに作られる、酸味が効いた真っ赤なスープだ。
元々はウクライナの伝統料理だが、近世以降は東欧諸国全体に普及し、ロシアやベラルーシなどでも一般家庭で親しまれている。
ブリヌイはロシア風のクレープ、あるいはパンケーキといったところか。
これも古くから愛されている伝統料理で、ロシアにはブリヌイ専門のファーストフード店もあるという。
北欧や旧ソ連圏で愛飲されている蒸留酒のウォッカについては、もはや説明不要だろう。
周知のように、ロシアとウクライナの間では取り返しのつかない争いが今も続いている。
しかも、その戦況はあまりにも理不尽で、一方的で、非人道的だ。
同じ食文化を共有してきた両国だが、その関係性はもう修復不可能だろう。
相手を暴力で支配するようなやり方は絶対に認められない。
ウクライナの人々が少しでも報われるような別れの日が、早く訪れてほしい。
余談だが、マグネティック・フィールズが99年に発表した代表曲 'The Book of Love' は、
結婚式の定番曲としても愛されている。
「愛の本は長くて退屈」という歌い出しで始まるこの曲は、
厳粛なシチュエーションにもぴったり。
本当に美しいラヴ・ソングなので、こちらも是非聴いてみてください。
(文・渡辺裕也)
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