世界に幸福と平和をもたらす魔法のスープ
かつて魔法を信じていた人も、
今日も魔法を使っている人も、こんにちは。
そしてあなたは魔法を信じますか?
作家のなかには物語の中で魔法を描く人もいれば、魔法のような物語を書く人もいますが、
これから登場するそのゲルマン人はそのどちらをも実践した稀有な作家です。
ミヒャエル・エンデといえば『モモ』や『はてしない物語』で知られるドイツの児童文学作家で、
その著作を読んだ人も、映像作品が心に残っている人もいるかと思います。
今回はそんなエンデの絵本のような児童文学のような「まほうのスープ」というおはなし、のお話。
心配なのはレシピですが…。
この「まほうのスープ」は、大きな山を挟んで、『右の国』と『左の国』と随分と乱暴に名前の設定された王国同士が、
各国の王子王女のパーティーに招待されなかった遠縁の魔女の逆鱗に触れ、その魔女の策略によって
まんまと両国が争いをすることになります。
その争いの原因が、魔女から贈呈されるスープ鉢とスプーン。
その魔法がかったスープ鉢をその魔法がかったスプーンで混ぜると、
とっても美味しい魔法のスープがいくらでも出てくるんだとか。
その魔法のスープのセットがなんと右の国にはスープ鉢、左の国にはスプーンがバラバラに贈られてしまったから、
両国が奪い合うというのが全体のあらすじです(ネタバレまでいってないです)。
ミヒャエル・エンデの文章に、ティーノの絵が挿入された構成となっています。
「この世で一番肝心なのは素敵なタイミング」と古い歌謡曲の歌詞がありますが、
中村としては「この世で一番肝心なのは適切なバランス」と『バランス』を推したい今日この頃です。
作家の村上春樹は彼の代表作「1Q84」の中で
“動き回る善と悪とのバランスを維持しておくことだ。
どちらかに傾き過ぎると、
現実のモラルを維持することがむずかしくなる。
そう、均衡そのものが善なのだ。”
という言葉が今も胸に刺さったままです。
「1Q84」もシンメトリカル(左右対称)な構成の物語ですが、この「まほうのスープ」も
右と左の国であらゆる事象が対となって進行します。
そしてそのバランスを破壊へと導く要因が
魔法のスープ(スープ鉢とスプーン)というわけです。
そして最終的に、物語をハッピーエンドへ導くものは、対で、セットで機能する、
一緒になって価値のあるもの、つまりバランスだったりするのが、
社会や未来へ警鐘を鳴らしていたミヒャエル・エンデの真骨頂だったりするのかもしれません。
児童向けに書かれた本ではありますが、
人生において大切なことを教えてくれる、
大げさに言うと僕らにも魔法をかけてくれるかもしれない物語です。
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さてさて、今回のコラムで問題なのは、ここで紹介する物語に出てくるスープを、
毎回ものがたり食堂のさわのさんが作ることになるのですが、
お話の中では“とってもおいしいスープ”としか表現されておらず、材料も味も見た目も書かれていないのです。
ただただ、国の王さまや兵士たちが、
美味しくいただいた、としかありません。
随分と乱暴なボールを投げることを謝りつつも、
さわのさんがこのピンチに魔法をかけて
“とってもおいしいスープ”、
“世界に平和をもたらすスープ”を
つくっていただきたいな~と思っています。
そしてこの物語の王子と王女が異口同音に語ったセリフ
「ただ、あわせればいいんだよ(のよ)。かんたんでしょ。」
と言ってのけるさわのさんのお姿を想像しながら、
このへんでサヨウナラ。
(文・SNOW SHOVELING店主 中村秀一)